上野桜木

上田邸(旧 忍旅館)

 水月ホテル鷗外荘の並びにあります。

 上田邸は以前、忍旅館として営業しており「花園町(現在、池之端)の白さぎ城」と親しまれた。建築当時こうした洋館は珍しく、見学者が耐えなかった、といわれている。
 この建物は木造建築であり、モルタルに目地を切って石壁風にみせた外壁や窓上部などに共通のデザインはあるが、窓の付け方やイオニア式をはじめとする柱に各層独自のデザインを取り入れた外観となっている。 1階から 3階の各層は階段状にセットバックしているので、3階建ての上に塔屋が乗っていても圧迫感がないことも特徴のひとつである。

 平成 12年 3月     東京都生活文化局

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■ 上田邸(旧 忍旅館)
所在地: 台東区池之端 3-3-19
設計者: 不詳
建築年: 昭和 4年(1929)
東京都選定歴史的建造物

水月ホテル鷗外荘

 明治を"[しの]ぶ"面影は皆無ですが、そこは「不忍池[しのばずのいけ]」の傍だから、ということで。、、、

森鷗外 居住の跡

 森鷗外は、明治23年(1890)この地において文壇処女作の「舞姫」を発表しました。そして次々と文学作品を発表し、近代文学史上画期的な活躍をする基礎を築いた地でもあります。

 水月ホテル鷗外荘

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■ 水月ホテル鷗外荘ホームページ
http://www.ohgai.co.jp/


【追記:】
 面影はない、、、と書きましたが、ホテル内に『舞姫』の碑とともに、旧家屋が保存されているそうです。

境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸

 東大池之端門の横に境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸があります。
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境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸

 境稲荷神社の創建年代は不明だが、当地の伝承によれば、文明年間(1469 〜1486)に室町幕府第九代足利義尚が再建したという。「境稲荷」の社名は、この付近が忍ヶ丘(上野台地)と向ヶ丘(本郷台地)の境であることに由来し、かつての茅町(現、池之端1、2丁目の一部)の鎮守として信仰をあつめている。
 社殿北側の井戸は、源義経とその従者が奥州へ向かう途中に弁慶が見つけ、一行ののどをうるおしたと伝え、『江戸志』など江戸時代の史料にも名水として記録がある。一時埋め戻したが、昭和 15年に再び掘り出し、とくに昭和 20年の東京大空襲などでは多くの被災者を飢渇から救った。井戸脇の石碑は掘り出した際の記念碑で、造立者の中には当地に住んでいた画伯横山大観の名も見える。

 平成 6年 3月     台東区教育委員会

場所:台東区池之端 1-6-13

井戸

050523_ido.jpg 現役手押しポンプ。

花より団子?

 言問い通りから谷中霊園へ入る桜並木沿いに
人気のケーキ店、パティシエ イナムラショウゾウがあります。

050408_syuzo.jpg 050408_syuzo1.jpg

言の問い

kotono2.jpg言問い通りを上野桜木から谷中霊園へ入ると空き地に不思議な建造物。「言の問いサスティナブル・アートプロジェクト 2004」だそうだ。

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