Long Goodbye

古書ほうろう」ミカコさんのブログで「水族館劇場」で舞台設計・監督で務められていた杉澤 靖昭さんが 9月 28日に亡くなられたことを知りました。
■ 遠くから来て、遠くまでいく者よ──(吹ク風ト、流ルル水ト。
<http://ho-bo.jugem.jp/?eid=1586>
■ さようなら(萬福亭 「いつだって読み違いしている」)
<http://d.hatena.ne.jp/mampuku-tei/20100930>

 
2009年 5月 20日撮影。闘病中でしたが四国から駆けつけた Iさんに請われ、病院に許可を得て、二日間だけ『メランコリア 死の舞踏』の建て込みを手伝われました。
作業中、しばらくの間、設営中のテントを見つめている時がありました。痛みに耐えていたのかも知れないし、久々の力仕事に疲れて体力の回復を待っていたのかも知れません。しかし私には、愛おしむようにも、目に焼き付けているようにも映りました。舞台監督だった時には見せなかった穏和な瞳の杉澤さんの表情がいまも忘れられません。
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杉澤康昭2008年 6月 8日、土砂降りの雨の中で佇む杉澤さん。
 
それまで外からスナップ程度に「水族館劇場」のテントを撮影していた私が、建て込み風景を撮影したく、野外テント設営初日の光源寺へ、撮影のお願いに行った際に応対してくれたのが杉澤さんでした。2008年 4月下旬のことです。仕事に厳しく、礼儀正しく、なによりも義に篤い人でした。
一年のうちの数ヶ月を芝居のために仕事を休まねばならず、興行の間は一日も休みがありません。ある時、金にもならない舞台設営を何故やり続けているのか? と、伺ったことがあります。
彼は「義理です」と、キッパリと答えました。「光源寺や古書ほうろうや、水族館劇場を応援してくれている町の人たちに、たくさんの(恩)義があるんです。何度も辞めようと思いましたけど、その義理を返すために戻ってくるんです。」
杉澤さんさんの"義理"は、舞台設営という仕事で充分以上に返されたと思います。大勢の人が水族館劇場の芝居を楽しみました。

雨の中を去りゆく杉澤さん。顔写真は翌日の 6月 9日、公演最終日の開演前。無事に千秋楽を迎えて、やや和らいだ表情の杉澤さん。
永遠の夜の彼方に
 
「今度、ゆっくり呑みましょう」と話しかけてくれた約束はそのままに、永く会えなくなりました。けれども力強く握られた握手のぬくもりは、たった今も、これからも消えそうにありません。
杉澤さん、ありがとう。
 

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このページは、管理者ウが2010年9月30日 17:03に書いたブログ記事です。

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