2010年2月アーカイブ

SONOMITSU CAFE @ ZAMA

三崎坂とへび道の交差点にあります、ショールーム&カフェ「SONOMITSU[そのみつ]」。不定期限定で美味しいスイーツを提供してくれるのは、座間 かおり[Zama Kaori]さんです。
今回は『レモンポピーシード with クリームチーズ』。無農薬の国産レモンを皮から丸ごとすり下ろして使用した、爽やかな一品でした。
zama zama
 
■ SONOMITSU[そのみつ]
<http://sonomitsu.com/>
営業時間: 13:00 - 19:00(金曜はCAFEのみ19時以降も営業)
定休日: 水
住所: 台東区谷中 2-18-6
Phone: 03-6904-1312
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* 不定期のイベントは「SONOMITSU - What's new -」でお知らせしています。
 

塀の滲み

塀の上
 

猫の手も借りたいあなたの週末に。米倉 めぐみ(ツクル*アルク)さんの展覧会『猫の手も借りたいあなたの週末に。』が、週末の谷中・間間間[サンケンマ]で開催されました。(2010/2/27、28)
米倉めぐみさんは、羊毛を手で紡いで毛糸を作り、身近な素材を使った「植物染め」や、手編みによって作品を作られます。
今回は"肉球付き"の毛糸の手袋"の展示&販売。毛糸の柔らかな肌触りや弾力、風合いが、猫の抱き心地と同じように気持ちよく、色合いも個性豊かな猫のようでした。
肉球手袋をはめさせてもらいましたが、手を握ると肉球の弾力が手のひらに心地よく辺りました。

■ 猫の手も借りたいあなたの週末に。(ツクル*アルク
http://tsukuru-aruku.blog.so-net.ne.jp/2010-02-13
開催: 2010年 2/27(土)、28(日)
時間: 11:30 - 20:00頃
場所: 間間間[さんけんま]たいとう歴史都市研究会
協力:
じぼ・あん・じやん <http://jiboanjiyan.choitoippuku.com/>
Miracle Happyf∞d <http://vas-y.jugem.jp/>
住所: 台東区谷中 5-2-29
間間間[サンケンマ]
 
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間間間[サンケンマ]スタッフによる"肉球"をテーマにした食事やスイーツの提供、紙芝居、マッサージなど盛り沢山の企画がありました。

塩山食堂

 千石の「アトリエ・まめわぞ」にて開催中(2010/2/20~28)の、『いぬふぐり』五月女寛 陶展(アトリエ空心)。
今回も、まめわぞ・オーナー 塩山奈央さんの美味しい手料理「塩山食堂」やってます。
和くらしの本 (PHPムック)』も絶賛発売中〜!
 
「春野菜とパンツェッタのキッシュ」と「飴色玉葱と玄米のキッシュ」。角皿は五月女寛さん作のタイルです。
10022602.jpg
 
おつまみ野菜 4種セット
野菜セット
 
和くらしの本 (PHPムック)
4569250157

 
まめわぞ「塩山食堂」のメニューはこちら
■ 五月女寛陶展 2/20〜28!(from 豆ライフ
http://mameoiseau.blog62.fc2.com/blog-entry-526.html
 
■『いぬふぐり』五月女 寛[さおとめ ひろし] 陶展(アトリエ空心
http://mameoiseau.blog62.fc2.com/blog-entry-523.html
期間: 2010年 2/20(土)〜28(日)
時間: 12:00 - 19:00
休日: 24(水)、25(木)
場所: アトリエ まめわぞ <http://mameoiseau.blog62.fc2.com/blog-entry-350.html>
住所: 文京区千石 3-41-13

 

集団催眠

冬にこんなあたたかな陽ざしは、太陽の下平等に眠りへと誘います。
龍谷寺の猫
 
ふにやゃぁぁあ〜・・・
龍谷寺の猫
 

上野公園に、幕末の上野戦争に於いて戦死した彰義隊士を祀る墓があります。
その墓に備えられた石灯籠です。
通常、火袋に三光(月・星・太陽)の型が抜かれた石灯籠が多いのですが、この石灯籠の火袋には、鳥を型どり抜かれています。
『ツキヒーホシ・・・』と啼き声が聞こえる三光鳥[サンコウチョウ]でしょうか。
彰義隊の墓
 
上野山 うごかず 去らで 杜鵑[ほととぎす]
啼く音 血をはく 五月雨のころ
 
『斃休録』 天野 八郎

 
実質、彰義隊の指揮を執ったとされる天野八郎の句です。
ホトトギスは『血を吐くまで鳴き続ける』と言われたそうですが、武士や漢の生き方をなぞらえているのでしょうか・・・。
 
下記リンクの記事を読みますと、『上野公園内の彰義隊資料室で見た女性の手紙』を解読されています。見せしめに放置された隊員の遺体を収納させてほしいと、勝海舟にあてて懇願する手紙だそうです。その手紙の結びに、天野八郎の句が使われています。
■ S-5 戊辰戦争-敗者のその後(さわらびYの歴史・民俗・考古探索ノート
http://sawarabituusin.cocolog-nifty.com/notebook/2006/11/11_36d2.html
 
ホトトギスは、彰義隊を象徴する鳥なのかも知れません。
ホトトギス
 
時鳥[ほととぎす] 不如帰[ほととぎす] 遂に 蜀魂[ほととぎす]
 
 勝 海舟

 


尾形 乾山[おがた けんざん] 墓碑・乾山深省蹟[けんざんしんせいせき]
台東区上野桜木 1-14-11
 
 尾形乾山は、琳派の創始者である画家・尾形光琳の弟である。寛文 3年(1663)京都で生まれた。乾山のほか、深省・逃禅・習静堂・尚古斎・霊海・紫翠の別号がある。画業のほかにも書・茶をよくし、特に作陶は有名で、正徳・享保年間(1711~1735)、輪王寺宮公寛法親王に従って江戸に下り、入谷に窯を開き、その作品は「入谷乾山」と呼ばれた。
 寛保三年(1743)81歳で没し、下谷坂本の善養寺に葬られた。しかし、月日の経過につれ、乾山の墓の存在自体も忘れ去られてしまい、光琳の画風を慕う酒井抱一の手によって探り当てられ、文政 6年(1823)、顕彰碑である「乾山深省蹟」が建てられた。抱一は江戸琳派の中心人物で、文化 12年(1815)に光琳百回忌を営み、『光琳百図』『尾形流略印譜』を刊行、文政二年には光琳の墓所を整備するなど積極的に尾形兄弟の顕彰に努めた人物である。墓碑及び「乾山深省蹟」は、上野駅拡張のため移転した善養寺(現・豊島区西巣鴨 4-8-25)内に現存し、東京都旧跡に指定されている。
 当寛永寺境内の二つの碑は、昭和 7年(1932)、その足跡が無くなることを惜しむ有志により復元建立されたものである。その経緯は、墓碑に刻まれ、それによると現・善養寺碑は、明治末の善養寺移転に際し、両碑共に当時鴬谷にあった国華倶楽部の庭へ、大正 10年(1921)には公寛法親王との縁により寛永寺境内に、その後、西巣鴨の善養寺へと、三たび移転を重ねたとある。なお、入谷ロータリーの一隅に「入谷乾山窯元碑」がある。

 
尾形乾山墓碑・乾山深省蹟

 
 正保 4年(1647)に後水尾天皇の第 3皇子守澄法親王が入山し、明暦 1年(1655年)に「輪王寺宮」と号して以降、代々の輪王寺宮が寛永寺住職を勤めます。
解説板によると、尾形乾山は、後西天皇の第 6皇子公辨法親王[こうべんほっしんのう]輪王寺宮に従って、江戸に来ました。
 輪王寺宮は、上野の森の鶯の啼き始めが遅く、訛りがある、と嘆き、尾形乾山に命じて京から美声で"はや鳴き"の鶯を 3,500羽取り寄せ、放鳥した、との言い伝えがあります。このため上野寛永寺を中心に、根岸〜谷中周辺の鶯は美しい声で啼き、江戸府内でも最初に啼き出す"初音の里"として評判になりました。
江戸時代、谷中から千駄木の辺りまで、上野の森から根岸辺りまでは、同じく「鶯谷」と呼ばれ親しまれました。
明治以降、谷中側には「初音」が町名に残り、根岸側は駅名に「鶯谷」が残りました。
 

みかどのくろねこ

みかどパン谷中のランドマークのひとつ、ヒマラヤスギの「みかどパン」。
その「みかどパン」の愛猫。
あたたかな陽ざしを浴びて寛いでいました。

それにしても、光と影と、色彩と質感に心奪われて、
垂直と平行がわからなくなりました・・・。
みかどパン

谷中鶯

碑は、「岡倉天心記念公園」「日本美術院」の院歌です。
岡倉天心が酒に酔い、詠んだ歌を横山大観が「院歌」としました。
日本美術院歌碑
 
碑文は見えにくいですが、すぐ近くの「谷中コミュニティセンター」には拓本のコピーが掲示されています。
 


谷中  初音の血に染む紅梅花 堂々男子は死んでもよい
気骨侠骨 開落栄枯は何のその 堂々男子は死んでもよい

 
録 天心先生 作 日本美術院之歌 大観

 
碑文は横山大観の筆によるもので、「[うぐいす]」「紅梅花[うめのはな]」が、文字を使わず、挿絵にかけられています。
■ 日本美術院史 外伝 その1(日本美術院
http://www.nihonbijutsuin.or.jp/colum/contents_furuta01.html
 
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岡倉天心記念公園にも梅がありますが、明治時代、この辺りは谷中初音町といいました。
旧 谷中初音町 4丁目
 
 町名は、本町内に鶯谷と呼ばれるところがあったことから、鶯谷の初音にちなんで付けられた。初音とは、その年に初めて鳴く鶯などの声のことである。
 谷中初音町は、はじめ 1丁目から 3丁目として誕生した。明治 2年(1869)のことである。そして同 4年(1871)、江戸時代から六阿弥陀横町または切手町といわれた武家地が初音町 4丁目となり加わった。さらに同 24年(1891)、初音町 4丁目は谷中村、下駒込村、日暮里村の一部を合併し、ここに初音町としての町域を確定した。
 本町には、かつて日本近代美術の先覚者岡倉天心が住んでいた。明治 13年(1880)東京大学卒業後、文部省に勤めたが、同 22年(1889)、東京美術学校を開設するなどして日本近代美術の振興につとめた。その天心の旧居跡が現在の岡倉天心記念公園である。公園正面の六角堂には本区名誉区民・芸術院会員であった平櫛田中作の「岡倉天心坐像」が安置されている。

 

日本美術院

岡倉天心が東京美術学校を辞し、創建された「日本美術院」。(1898〜)
創建された場所は、谷中初音町(台東区谷中 5-7)で、現在は「岡倉天心記念公園」として残されています。その後、いったん活動は弱まりますが、大正 3年(1914)に横山大観らによって再興されました。
院展(日本美術院の公募展)を毎年、主催しています。
 
■ 財団法人 日本美術院
<http://nihonbijutsuin.or.jp/>
住所: 台東区谷中 4-2-8
 
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関連リンク:
■ 地域雑誌「谷中・根津・千駄木」27号(谷根千ねっと
・夢を追うや熾烈 日本美術院の人々 - 天心・大観を中心に
http://www.yanesen.net/arc/yanesen_arc_27.html

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