君の弾く 三味線の音に 唄ごえに

 向丘の曹洞宗 海蔵寺に「都家かつ江之碑」があります。
都家かつ江之碑


 都家かつ江は、数多くの映画やTVでも活躍した昭和を代表する偉大な芸人のひとりです。三味線を伴奏に"七・七・七・五"の調子で整われた洒落た句で、男女の艶を唄う都々逸[どどいつ]の名人でありました。


都家かつ江之人生讃

 當寺ゆかりの芸人だった彼女は明治 42年浅草日本堤に生まれる。3歳、父(都家四郎)主催の演芸団で初舞台を踏む。後、父の知人の一座等で役者として舞台出演。18歳の時、役者 清川滝三郎と結婚。これを機に夫婦漫才を結成。芸名 都家福丸・香津代と改名。昭和 20年主人(福丸)死去。一人娘を 2代目福丸として親子漫才を 3年程行う。その後「一人トーキー」として芸名 都家かつ江と改め一人舞台でデビュー後、数多くの映画・テレビ・ラジオ等に出演、活躍し名声を博した。昭和 58年(1983)9月 29日没。行年 74歳、戒名 芸照院真徹妙薫大姉
 此の碑の下には都家かつ江愛用の[ばち]が置かれている。

 平成 10年 10月 31日
 大智山 海蔵寺住職 久貝正孝 誌

都家かつ江之碑


 また隣の灯籠は鈴本演芸場にあったものだそうです。

 本灯籠は著名なる寄席上野鈴本の玄関に在りて来客に親しまれておりましたが、上野鈴本改築に当り寄席より寄贈され、久しくかつ江宅に在りしが此の度都家かつ江之碑建之される運びとなり当地に移し後の世迄寄席芸の繁栄の灯をともす事を祈る


上野鈴本・灯籠

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このページは、管理者ウが2007年5月16日 20:50に書いたブログ記事です。

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