懐徳館

 東京大学本郷キャンパス南端に、現在は迎賓施設として使われている和館「懐徳館」があります。
懐徳館


 加賀藩上屋敷は敷地の殆どを廃藩置県(1871)に収公され文部省用地となりますが、東京大学発足後も旧加賀藩敷地南端には前田家が屋敷と庭園を構えていました。大正 15年(1926)、前田侯爵邸(屋敷と庭園)は、公用施設として永久に残すことを約束し、東京大学(代々木演習林、駒場農学部敷地)との敷地交換が行われました。
 前田家から譲られた当時は和館とネオルネサンス風洋館、庭園で構成されていました。関東大震災があり、学内は修復工事に追われ、しばらく手つかずに放置されていましたが、昭和 8年(1933)に前田家からの寄付によって補修後、昭和 10年(1935)に修復し、使用出来るようになりました。その際に、『論語』の「君子懐徳」から「懐徳館」と名付けられたそうです。
 しかし、懐徳館は東京大空襲(1945/3/10)にて消失してしまいます。(一般によく言われている「東大が空襲の対象から外されていた。」というのは"正確には"、誤りです。)
 現在の懐徳館は、終戦後しばらく経った昭和 26年(1951)に「総長官舎」の名目で予算を獲得したものの決して多くはない財源の中で、旧和館の面影と迎賓施設としての機能面を考慮しながらの設計(設計: 拓殖芳男)と、資材調達(伊勢神宮造営時の不要材の寄贈や、払い下げの再利用など)に腐心しつつ、和館のみが再建されました。

 また懐徳館を取り囲む木々は東京大学が保有する日本全国の演習林から集められたものだそうで、一木一草種類が違うそうです。(ちなみに東大所有の敷地はキャンパスや研究施設・演習林を含めると、日本の敷地の 1000分の 1にもなるそうです。)
懐徳館

(一般公開はされておらず、館内や庭園の様子は写真でしか窺い知ることは出来ません。)

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このページは、管理者ウが2006年11月26日 18:21に書いたブログ記事です。

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