みしま地蔵


みしま地蔵尊由来

 太平洋戦争下の昭和20年3月4日午前8時40分頃、小雪降る中に、谷中地区は B29爆撃機の空襲を受け、死傷者約500人、全半壊家屋約200戸の被害を蒙った。
 戦争も終わり昭和23年、当時の三崎町、初音町4丁目、真島町の有志により、三ヶ町の戦災者70余名の霊を永久に供養するために地蔵尊が建立された。
 みしま地蔵尊とは三ヶ町の町名からそれぞれ一字をとったもので『三四真地蔵』、かなで読みやすくした。

 平成 4年 11月     台東区教育委員会

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谷中は「寺町ゆえに戦災を逃れ、古い町並みが残された」わけでもないのですね、、、。

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