2006年1月アーカイブ

わずかに陽のあたる路地

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 以前に出会った、ブチかな。
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ねこゆきだるま

誰が作ったのですかー?!

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 あれれ...根津神社に何かいるゾ ?! ウサギかな?
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 雪ダルマだー!左端はかまくらかな?
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猫は木陰で丸くなる (2)

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猫は木陰で丸くなる (1)

 谷中霊園の猫。木陰で雪を避け、陽に暖を求めて。
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雪の帽子

 谷中霊園、お揃いの雪帽子。
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雪景色

 雪の日の翌日...。
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「千駄木ふれあいの杜」の由来

 江戸時代、ここは太田道灌の子孫である太田摂津守の下屋敷で、その当時は、現在の日本医科大学から世尊院あたりまでの広大な敷地でした。
 明治に入ると。屋敷は縮小していきます。かつての屋敷跡は「太田の原」と呼ばれ、そこは太田ヶ池がありました。周囲は田園地帯が広がる、大変に風光明媚な場所だったようです。屋敷の近くには森鷗外らの文化人が住まいをかまえ、小説の中にも周囲の風景についての文章が残されています。
 大正から昭和にかけて、現在の不忍通りに市電が開通し、市街化が進みます。太田ヶ池もなくなり、住宅地となり、周囲の田畑はほとんど見られなくなりました。
 時代の変遷とともに、屋敷内に連なっていた崖地の緑もここを残すのみとなりましたが、文京区の中でその貴重な姿を現在に伝えています。
 今回、所有者のご好意により文京区役所との間に「市民緑地契約」が結ばれ、一般公開されることとなりました。この貴重な緑を末永く見守っていきましょう。

 文京区役所


千駄木ふれあいの杜

解剖坂

 日本医科大学病院裏手の坂。ちょうど坂を下りきった脇(写真では右手)の建物が大学の解剖棟にあたります。
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 坂を登り切ると「猫の家(夏目漱石旧居跡)」です。

富士見坂

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富士見坂

 坂下の北側の墓地は日蓮宗妙隆寺(修性院に合併)の跡。妙隆寺が花見寺と呼ばれたことから、この坂も通称「花見坂」、または「妙隆寺坂」と称された。
 都内各地に残る「富士見」を冠する地名のなかで、現在でも富士山を望むことができる坂である。

 荒川区教育委員会


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